2026.03.10
 早いもので今年度も終わりが近づいております。年末と年度末、私は年に2回センチメンタルになります。今年は特にひどい。
 今、我が家は一浪した長女が就活に臨んでおり、二浪二留二休学の長男が就労支援にお世話になった1年を終えようとしております。
 1年間、通所しながらハローワークにお世話になって、何度も履歴書書いて、そのうち何回かは面接受けて、実技の試験を受けたり、現場まで行った上で最終面接で落ちたり、という1年を終えた長男。障害者雇用枠なら、俺行けるんじゃないか、と思ったのに、現実は厳しい。
 就活を始めてはみたものの、幾つかのプレエントリーを書類選考で落ちて、自分はいけてる大学生だと思ってたのに、そう簡単にはいかないことに、ショックというより戸惑いを感じている長女。教員の資格を取るために4年生になっても毎日授業があり、実習にも行くので、インターンにも自由に参加できない。何より、身内に勤め人がいないから、企業で働くとは、どういうことなのかがわからない。大学の教員は、まあ、サラリーマンなんですがね。でも、授業と会議に出ていれば、残りの時間はフレキシブルに仕事ができるとなれば、ちょっと違う。
 時間差で二人に目の前で大泣きされて、それも言ってることがほとんど同じで、となると、親というのは、いつまでも親であり続けるものなんだと実感します。
 自分の来し方を振り返ってみれば、そういう時期なのです。

 長男は28歳。それで就労したことがなければ、焦ります。彼の焦りは急激にやってきました。というもの、大学を卒業するまでは、学生の身分もあったし、障害者であるという言い訳が自分の中で許されていた。支援を受けて就活すれば、半年くらいでどうにかなるだろうと思っていた節があります。前向きに働く気になったのに、働く場所がないとは、社会復帰しようと思ったら、いきなり大きなハードルが待ち受けている。世間的には至極当然なのですが、当事者にとってはとんでもなく理不尽です。
 私は、その年頃、就職先を探して、何枚も履歴書を書きました。研究者の就活は独特で、空くポストは大体一つ、それに多くの研究者が応募します。若手とは限りません。セカンドキャリアを求めてる人もいるし、定年が早い大学の人が退職後に来たりする。いやもう、国立退職したら家にいろよ。と思ったりする。
 そんなことを繰り返して、人生の先が見えないと感じたとき、破天荒な写真家と知り合いになって、求婚されて、「この人と結婚したら、人生変わるかな」って結婚しました。
 20代の後半、これから私どうなるんだろうなあ、就職も結婚もできないかもなあ、と思うと泣けてきたこともあったんだけど、そのときの私には書くという仕事があって、これで生きては行けるだろうと思ってもいました。逆に甘かったけどね。結果的に、雇われ教員としては安定したけど、創作者の方は頭打ちになってしまった。
 だから、まあ、長男の先行き不安はわかるのです。

 他方、就活がうまくいかなくて悩む同級生の隣で、2月の大学院入試に備えつつ、
「院に落ちても書く仕事があるから安泰だよね」
 と言われていた私は、娘の切実な痛みには下手に共感を表さないようにしています。そもそも、母親がロールモデルとして成立していないことが問題なのです。ごめんよ。
 更には、口ではそう言いつつ、母のせいにしても仕方ないことを十分に自覚している彼女でもあるのです。
 先日も、数日帰省した際に、前述の通り悩みを吐露して、泣いてから京都に戻ったわけですが、彼女が家を出て行った後の寂寥感といったらなかった。それは泣いていたからだけではありません。そもそも就活がうまくいかないと言って泣く学生の相手なんて、今まで散々してきました。それは卒業まで半年切ったくらいの時期だったり、50社落ちたからだったりするので、数社(下手すると2社くらい)で泣くとか、早いな、と思うくらいです。
 社会人になってしまったら、もう完全に私の手を離れてしまうんだ、という思い。3年前に引っ越しを終えて、京都駅で娘と別れたときの感情に似ています。今まで、一緒に帰ってきた娘を一人で置いて帰るのです。彼女は生まれて初めて、たった一人の部屋に戻ります。
「うわーん、寂しいー」
 と口に出していうのは娘の方。だけど、心の中では新しい生活が始まることにわくわくしているはずです。改札で泣くかと思ったけど、泣かなかった私は娘の姿が見えなくなってから、寂寥感に襲われて、泣きはしない代わりに大量のお土産を買い込んでしまいました。すれ違いざまに、「こたべ」(可愛い小箱に入ったミニ八ツ橋)やら、ミニ風呂敷に包まれた漬物を渡されて戸惑った同僚も多かったと思います。

 久しぶりに見た、それぞれのマジ泣きの顔以来、寂しいし心配だし、いつも心がざわついています。
 長男も長女も、親の前で大泣きしたことなどなかったかような通常運転です。我が家の通常運転は、ギャグの応酬です。冴え渡ってます。
 でも、忘れたわけではないんですよ、きっと。悩みを全面に出すと、楽しくないし、何より柄じゃない。知らないふりして、今日も笑っています。
 私の心は、相変わらず、ざわついて落ち着きがありません。きっと彼らもそうだと思います。
 何度も通り過ぎてきた、こんなざわつきは今まで全て解決してきました。だからきっといつか鎮まる。そんな常識は今の痛みを救うためには、糞の役にも立たないことも知っているから。
 こんな日もあるよね、ととっておきの言葉を繰り返して、いつか来る日を待っています。



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