2026.02.10
差別的な言動に晒されて生きてきたと思う。
障害のある子を育てていれば、それは。
差別であったり、無理解であったり、100%の善意からくる「それやない」だったり。
乗り越え、乗り越え、ここまできたわけで。
次男は、特別支援校の高等部を卒業してから、ずっと同じところで働いていて、ずっと同じジョブコーチさんに助けていただいていました。その方が定年退職されることになり、後任の方がいらっしゃることになりました。
まずいな、と思いました。
変化が苦手だというだけでなく。
ここのところ、次男の様子がおかしく、職場からも何度も注意されました。その状態で、コーチが変わるのは不安だなあ、と。
そんな中で、引き継ぎがありました。新しいジョブコーチさん、支援センターのスタッフさん、今までのジョブコーチさん、数ヶ月前に着任されたシニアコーチさん。シニアコーチというのは、本社を退職された方が希望して就かれる職です。障害者雇用においては、一番上の人。その上に、総務部長がいて、局長がいます。
そちらに伺って、はあ? と思ったんですが。
このシニアコーチ、まず、次男の欠点を次々と挙げて、おっしゃいました。
「まだ若いんで、ここじゃなくても、仕事すぐ見つかると思いますよ」
つまり、退職を勧められました。そして、欠点についても、
「おうちで、ちゃんと躾して、できるようにしてもらわんと、雇用を続けるのはなんだかなあ」
「それ、全部できたら、障害者雇用枠で働かなくてもいいですよね」
私はずっと、学校の先生にできるだけ言い返さないようにしてきました。だって、本気で言い返したら、泣かすもん。いい年した、キャリアある教育心理学者なんで。相手だって、やりにくいだろうし。
「教育関係の人って、すぐそういう言い方するよなあ。完璧を求めすぎる親だと、子どもも息苦しくなって、よく育たないよなあ」
教育関係だから、完璧を求める親に辟易してて、そうはならないようにする傾向があると思うんだけどなあ。というか、あれもこれもできるようにしてほしいって、完璧を求めてるのは、そっちでは?
だって、いつも綺麗なお弁当持ってくるのはいいけど、いつまでも噛んでますよね、早く飲み込むようにしてもらえませんか、とか、話聞いてると外食多いですよね、いいもの食べさせすぎじゃないですか、とか、もろにそうじゃん。どんだけ求めてんだ。
話の中に、何度も、「雇用の継続が難しい」を挟んで小一時間。
新しいジョブコーチさんにも、支援センターの方にも、
「いいお話を聞けました」
と言っていただけたんですが、もやっとして帰宅しました。
久しぶりだな、この感覚。むしろ、幼稚園や小学校が懐かしいわ。
でも、新しいジョブコーチさんに次男が懐いてるし、週に一度の連絡帳も、その方に書いていただいて、職場の雰囲気も良くなって、次男が落ち着いてきたし、良いことだと思ってたんですよ。
でも、新しいジョブコーチさんが、シニアコーチさんに「嫌なことを言われて」出勤できなくなりました。ハラスメントの申し立てがされたそうです。本部長からの聞き取り調査も実施されました。元のジョブコーチさんからお知らせを聞いて、私も必要ならいつでもお話ししますよ、とお伝えしました。
シニアコーチさんが、配置換えになり、私に対しても謝罪がありました。
他の方では、どういう育て方したら、こんな人間になるんだと言われたり、女性に対して、可愛いからなんでも許すと言った発言があったり(本人は好意で言ってますが、言われる方も、関係者も嫌。セクハラですね)といった、不適切な例があったそうです。
謝罪と言っても、「こう言っていました」という人伝のもので、絶対に反省してないと思いました。言いがかりをつけられて迷惑だ、くらいに思っているのではないかと。
新しいジョブコーチさんは退職されました。しばらくは、定年すぎても、元の方が頑張るそうです。
辞めなきゃいけないくらいの「嫌なこと」ってなんだろう。それを口にできるのも才能ではないだろうか。絶対いらんけど。
今頃、シニアコーチさんは、「世知辛い世の中になったもんだ」と自分以外の誰かが悪いんだと思っていそうです。それこそ他人事みたいに。
すっかり落ち着いた次男を見て、腑に落ちました。彼の様子がおかしかった理由が。
シニアコーチの言動が、嫌だったんですね。ずっと否定されてきたんだ。
そして、彼ら(次男だけではなく、障害者雇用枠の対象者全員)を否定することは、シニアコーチにとっては正義だったんです。自分は絶対正しいから、自分の思い通りに動かすことができたら、彼らは「良く」なる。
いくら良い存在であっても、本人が幸福でなければ、意味はないんだけど。
誰だって、幸福になるために、生まれてきてるんだよ。