2016.08.10
二人きりの夜
堀田あけみ
自宅近くに大きな神社があります。秋にはお獅子の祭りもあって、子どもがいると何かとお世話になります。
近所に住む者にとって、一番大きな行事は夏祭り。ほとんどの子どもが神社に行くので、小中学校の先生方も、みまわりに出られるほどの大きな行事です。 茅の輪くぐりで息災を願います。道行く人が手に手に厄を払う芦を持っていたり、額に虫封じの赤丸をつけた小さな子を抱っこしていたりという景色は、良い風物詩です。おとうさんは、この時期、蛍の取材でいなかったり、いてもこういうことに興味がなかったりで、いつも母子四人で出かけます。
でも、そろそろ子ども達もそれぞれのお友達と(カイト除く)出かけるようになるのでは、思っていたら、はい来ました。
となったのが昨年の話。ところが、お約束の当日に大型台風直撃の予報。約束はキャンセルして、その前日に母子で行きました。そして、台風は大きく進路を外し、
「楽勝いけたじゃんよー」「めっちゃ空いてたらしーよー」
と大クレーム大会となりました。でも、一緒に行けて嬉しかったよ、おかあさんは。
それから一年、神社の祭礼なので曜日は関係なく、固定の日付で行われます。今年は金土日。金曜日は空手のお稽古があるので行かないとして、土曜日にまずコトコがお友達と約束してきました。別のグループとは、日曜日に行くと言っていましたが、結局合わせて土曜日ということに。 同じく土曜日、マナトは幼馴染の女の子と行くことになりました。幼稚園以来の浴衣も買いました。おかあさんも頑張って、久しぶりに角帯を貝の口に結びましたよ。
コトコも子ども浴衣を卒業して、大人のを買いました。紺地に蛍が飛ぶ、我が家らしい浴衣です。下駄の鼻緒も、帯も鼠色の露芝で、蛍に合わせました。
何より力を入れたのが簪選び。大須に簪の専門店があり、それはそれは可憐なものから豪奢なものまで、店いっぱいに刺さっているのです。この店を発見して以来、ここの簪でまとめ髪を結うのがコトコの憧れでした。さて、八幡さんの夏祭りで簪デビュー、と勢い込んで選びに出かけ、迷いに迷って二本に絞りました。でも、そこからが決まりません。一つは、大小の銀の足を鎖で繋いだものです。鎖には、緑の濃淡の硝子がしゃらしゃらとついています。もう一つは、錫杖を摸したもの。 山伏が持ってるような、あれですね。
あの、 迷う必要をまったくかんじないのですが、おかあさんは。
「どっちがいいと思う、おかあさん」
「きらきら一択」
「なんで?」
「神社に仏具持ち込んでどうする」
「そこはそれ、日本は神仏習合」
でも、結局きらきらが勝ちました。薄暗い神社の階段で、境内から漏れてくる光を受けて、蛍が点滅するように、瞬いて見えました。
さて、おにいちゃんと妹がおめかしして出かけた後、落ちつかないのはカイトです。
「僕は、いつ行きますか」
そわそわ。
待ち合わせをしてるわけじゃないし、友達とお喋りするわけでもないので、 行くのが早過ぎると、明るいうちに帰ることになっちゃいます。
少し経って、おかあさんと二人、歩きながら、
「今日は二人きりですか?」
「そうです。寂しいですか」
「寂しくないです!」
「カイトくんも、浴衣が着たかったかな」
「うーん。考えておきます」(おそらく、一生考えることは無い)
二人で茅の輪をくぐって、ゆっくりお店を見て回って、欲しいものを吟味します。唐揚げは、今年は誰とも分けっこしないから、大盛りはいらないね。ところが、買った直後にコトコ達に出くわして、結構な数の唐揚げを搾取されます。やっぱり大盛りが良かったね。マナトには一度も会いませんでした。会いたかったのにな。
後はサメ釣りして、蜜かけ放題の氷食べて、そろそろ帰りましょう。氷には サービスで缶みかんが一粒のってて、すごく嬉しかったのに、落としちゃったよ。
おかあさんとカイトは8時くらいに帰ったけど、マナトが帰ってきたのは9時、コトコは10時くらいです。お祭りが終わるのが10時だから、目一杯友達と一緒にいたんだね。あ、マナトについては、もう子どもじゃないんだから、早く帰るように言いました。大人の女性への敬意を持って、早くお送りしなさい、と。
お祭りの前に、コトコは言ったものです。
「でも家族とも行きたいよ。日曜日には家族で行こうよ」
多分、いや絶対に近いか、おとうさんは入っていません。
「うん、俺も」
と、マナトも言ってくれたのですが、日曜日はおばあちゃんの家に行ってて、お祭りはパスでした。
結果として、それを残念がる様子も無く。
おかあさんはおかあさんで、 カイトと二人のおでかけが楽しかったりしたんだよ。
そして、マナトもコトコも芦は持ってなかったなあ。
おかあさんとしては、一番の目的は一年の厄を払うことなんだけど。
大好きな友達と一緒にいられるんだから、厄なんかないか。
がんばれ。家族と離れるってことは、新しい家族への可能性の第一歩だ。