2016.05.12
朝の時間
堀田あけみ
コトコの卒業により、オハラ家から12年ぶりに小学生が 消えました。13年前、小学生の代わりにいたのは幼稚園児と乳児でした。今は中学生と高校生と予備校生がいます。
こんな話をすると、反応は二つに分かれます。
「いいですね。お子さんの手が離れて」
「寂しいですね。小さい子がいなくなって」
私としては、支持したいのは圧倒的に後者です。小さい子のいる生活は、新しい発見と、自身の子ども時代のリバイバルに満ち溢れた楽しい時間でした。
朝と夕方にテレビで子ども番組を観て、本屋さんで子どもの本を買って。特に大衆的な俗っぽい話が好きな私は、子ども用の雑誌が好きでした。シール遊びや読み聞かせ、仕掛け絵本、一緒に何度もページをめくりました。付録の作り方が複雑で、 苦労する割にはすぐに壊れるのは難ですが。
子どもと一緒に散歩して、大人二人では行かない場所に行って。お洋服も、親の着せるものを文句言わずに着てくれますから楽なものです。遊び疲れて眠ってしまった子は、 とても重たく感じますが、その重ささえ幸せでした。
ずっと私の後をついてくる、小さい子。私がいないと何もできない小さい子。
この子を守る為に私は存在していて、 その為にだけでも 私はこの世になくてはならぬ人でいられたと思います。
何より、存在そのものがたまらなく可愛らしい。すること、言うこと、描く絵、歌う歌、すべてが大人の世界にはない感覚に満ちて、素晴らしかったのです。
とは言うもののですね、この四月から私の朝は、今までとは格段に時間に余裕を持てるようになりました。
予備校生になったマナトには、しなければいけないことが段違いで少なくなりました。様々な書類や、雑巾や細々した集金等、学校の新学期は親にとって、煩雑な作業の山です。特に「個票」と呼ばれる書類のめんどくさいこと。予備校は学校ではないので、そういったことがありません。そして、マナトはなんでも自分でやってしまいます。
自分でできると言えば、中学生になったコトコこそ、なんでも自分でできる人でして。制服はノーアイロンのブラウスだからおかあさんはアイロンかけませんと言ったら、自分でかける。小学校のときには、服を用意してあげて、「これじゃない」と言われて、「このクソ忙しい時に二度手間じゃねーか、だったら自分でしろよ」と思いつつ、自分から動いてくれるまで頑張ろうと思っていたものです。だって、カイトはしてもらってるわけで。障害があるわけじゃないいんだから、カイトと同じにはしてあげないよ、というのは理には適っているけれど、子どもの立場からすると、釈然とはしないものでしょうし。この時間がなくなっただけで、朝の準備は格段に早く進むというわけです 。
「あさが来た」と違って、「とと姉ちゃん」は話の進みが遅いし、今のところ魅力的で目の離せない登場人物とかいないので、朝ドラに見入ってしまうこともなく。マナトがお弁当を所望しないので、作らないし。
これは、正直言って楽ですよ。寂しいとか贅沢言いません。
子ども達を幼稚園に連れてってから、出勤してたときは、大変だったなあ。っていうか、どうやってたんだろう。幼稚園と保育所とはしごしてたときとか。よく遅刻しなかったよなあ。と思ったら、あのときは若かったので、走るという手がありましたか。
今だったら幼稚園に早い時間から預けることもできて、そもそも保育園が併設されてます。羨ましい。
でも、あれはあれで楽しかったと敢えて。