2015.11.11
            働く お兄さん
                        堀田あけみ

 先日、小学一年生から6年間カイトと同じクラスに子どもを通わせた上に、養護学校も同じ(流石に10クラスもあると、クラスまでは同じになりませんでした)、というママ友さんのお誘いで、ダウン症のお子さんの会でお話しする機会がありました。カイトだけでなく、マナトとそちらのお姉ちゃんも幼稚から一緒で、性別が違う割には仲良しだったので、お付き合いは本当に長くなります。更に、一番下にこまっしゃくれた、でも一芸に秀でた女の子がいる(コトコはもちろん空手、あちらは囲碁で、全国大会で団体戦3位の腕前です)ところまで同じで、話が合いやすいのです。年齢は違いますが、この二人にもう一人、一学年下のカイトのお友達の妹も含めて、姉妹同士も本当に仲良しです。会場まで、車に乗せていただいたので、いろいろとお話しができました。高等部のこととか、上が受験なので、その話題とか。
 そのときに、お互いにすごく共感できたのが。
 特に何の障害もなく生まれて育った18歳の子ども達が、次の学校を決めようとしているのに、障害を持って生まれて、それと共にこれからも生きて行く、ディスアドバンテージを抱えた16歳の子ども達は、社会に出て働くことに、今から直面しなければいけないということです。2年前、マナト達は高校受験の重圧から解放され、初めての高校生活の中で、まだ大学受験は別世界の話だし、部活だ学校祭だと浮かれていたのに。そして、子ども達の問題は親の問題でもあります。親も、障害ある子を社会に出すとはどういうことか、改めて問わなければいけないわけです。自分に。
 知的な障害を抱えている場合、そうでない場合より、就労の機会は少なくなります。ただ、それはわかりやすいからそう見えるだけで、実際にはすごく小刻みなヒエラルキーがあるんですよね、就労の機会には。極端な話をすると、35年間、文筆で稼いできて、担当の編集者さんのほとんどが東京大学か早稲田大学を卒業しているのが(慶應卒は一人もいない)、出版業会における就職機会の不平等を示していると思います。就労ヒエラルキー圏外、ともいうべきカイト達ですから、就労への準備は、高等部に入ってからじゃ遅い、とすら言われております。
 当然、高等部に入ると、すぐに就労説明会、作業所や事業所の説明会の案内が次々と。連休明けには、夏休みの職業実習の手配。高校生初めての夏休みは、初めての場所で1日中、お芋を袋に詰めることから始まるのです。
 家にいると1日五月蝿いカイト。次になにがあるのかを、確認することで1日が過ぎていきます。お昼ご飯は何時、なにを食べる、おでかけの予定はあるか、どこに行くのか、なにをするのか、何時に行くのか、晩ご飯は何時、なにを食べる、デザートは、お風呂は。答えるだけで疲れます。
 こんな子が、職業実習に行ったらどうなるかしら。
 職場では、1日の予定がしっかりと示され、その通りに進行していきます。だから、カイトは誰にもなにも訊きません。時間が来るまでしっかり働き、休み時間はしっかり休み、時間がきたら再び、黙々と働く。そうです(なにぶん、見てないんで)。余計なことは言わないが、必要なことは言う。例として、
「できました」「部品が足りません」「怪我しました」
 最後のは、作業中に紙で手を切るという、地味に痛いことをしたときの発言です。絆創膏一つで、黙って作業に戻り、特に痛がって作業に支障を来すこともなかったそうです。
 どこに行っても可愛がられるカイトの弱点は、やっぱり言葉。基本、敬語の彼ですが、ときどきバイキンマンや「スーパーマリオくん」のマンガに出てくる言葉使いをしちゃうし、兄弟や友達の間でも、敬語だけでは生きていません。それはそれで、良いことなんだけど。でも、カイトには、場に応じてそれらを使い分ける力がない。とすれば、良い社会人になろうと思ったら、常に敬語で行くしかないのかなあ。
 もうすぐ、秋の実習が始まります。カイトが現場で学ぶ前に、親が、福祉関係の施設でも玉石混交なんだと学習して、一つ賢くなりました。
 新しいこと大好きなカイトは、実習の日を心待ちにしています。それだけ、今までの実習が充実していたということでしょう。社会に前向きなのが、カイトのいいところ。
 それが潰れるような経験を、しないで帰ってきてくれるといいと思います。
 多分、大丈夫です。
 本当に、本当に、カイトは頑丈な精神を持った子ですから。
 鈍いともいうけど。



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