2015.04.11
カイトが中学を卒業しました。
これで九年間の義務教育が終わります。
幸いなことに、名古屋市は基本、養護学校(どうも、これが正式名称のようです。特別支援学校ではなく)の高等部普通科は、希望者全入なので、カイトもそちらにお世話になります。遠くに電車で通います。マナトが、あほみたいに近い高校に通っているので(まあ、そこに行きたい高校があって、合格出来たのは幸せなことなんですが)、カイトの方が毎朝、ずっと高校生らしく、ラッシュに揉まれることになります。一人で行けるように練習しています。
新しい学校に行くに当たり、何度も訊かれたことがあります。
「どのようなお子さんですか」
身の回りのことは一通り何でもできて、穏やかな性格ですが、言語の理解が不十分、これが、そういった状況で必要な答えでしょう。
でも、もっと簡単にカイトを表すことばがあります。
カイトは、幸せな障害児です。
幼稚園・小学校・中学校と、良い先生に愛されて大きくなりました。素敵な友達と楽しい時間を過ごしました。毎日、嬉しそうに家を出て行き、元気に帰って来ました。
いろいろと悩んだこともありました。一つの問題をクリアしたら、また次。継続する問題行動に加えて、突発的な事件も起こしました。私も何度も頭を抱えて、なんでこういうことするんだよ、と思い、口に出し、でも、カイトは答えられない、答えられる訳がない。そんな日々だったのに。
思い出すのは、楽しかったことばかりです。
特に、中学校では同じ学年の6人がとても仲良しで、いつも一緒でした。すべての行事で、6人の笑顔が揃った写真が残っています。上手くバランスがとれて、お互いにできないところを補って、助け合っていました。
区の特別支援級の卒業生を送る会でも、そうでした。6人が並んで、最初の子が挨拶をした後、次の子の身長が小さいので、彼女の為にスタンドマイクの高さを調節する、小柄な子が二人続いた後のカイトは、またスタンドを高くする。なんか、中途半端な高さにしてんな、と思ったら、次に話す子の身長に合わせていて、ちゃんと周囲を見て、配慮が出来る子になっていたんだと改めて感心しました。
学校の卒業生を送る会でも、カイトが合唱祭で伴奏を担当していたので、実行委員会から「スーパーピアニストで賞」の特別表彰を受けました。ちゃんと、カイトを見てて、賞をあげたいと思ってくれる子達がいる学校でした。
校長先生が、特別支援級の子に目をかけてくださったのもありがたいことでした。担任の先生に加えて、校長先生にも寄せ書きを送ったのですが、子ども達がきちんとしたメッセージを書いているのが印象的でした。それぞれが、ちゃんと校長先生との思い出を持っているってことです。
卒業式の日、式を終えて教室に戻ったら、在校生からのプレゼント贈呈がありました。寄せ書きももらえました。カイトへのメッセージは、絵とピアノを褒めてくれているものが多かったと思います。
担任の先生は3人。お一人は2年生からです。一番若い女の先生は、新卒から講師一年を経ての初めての担任、それで3年間、見続けて来たわけですから、感動も一入でしょう。この先生が、カイトに合唱際で伴奏をさせようと頑張ってくれたのです。
思い出一杯の中学校に名残は尽きませんが、時間が時間なので、お腹も空きます。毎年、卒業式の後は、学校近くの中華の店でお昼ご飯。回転テーブルが二つあるお座敷を予約します。3年ともそうでした。慣れたもので、片方のテーブルにさっさと6人で座ります。メニューを見て、誰が何を食べるか、さっさとまとめます。但し、親テーブルから指導が入ることもあります。
「ふかひれランチ一つ」
「ふかひれは、駄目」
カイトの場合は、
「餃子セット、担々麺で」
「担々麺、辛いよ」
「大丈夫です」
「じゃ、担々麺ね」
そして、味見してみた友達が悶絶する、と。
みんな制服のブレザー脱いじゃってるから、ワイシャツにネクタイって、どっかの会社の人がランチに来てるみたいだな。そんな風に見えるくらい、大きくなっています。
楽しそうな様子を見ていると、これが終わってしまうのが残念で、またいつか再会させてあげなきゃ、と思うのです。
卒業式でいただいた通知表、生活態度に二重丸が増えました。
「課題を最後までやりとげる。」
カイトの一番の成長です。興味のないことは、とことんできない子だったのに。
こんな風に大きくなったカイトは、四月から今までしなかったことをしながらもっと大きくなって行きます。きっと、失敗も失望も重ねながら。
でも、新しい君は、きっともっと素敵になれる。
今までだって、そうだったから。おにいちゃんもそうだったから。
まずは、一人で電車に乗ることから始めようね。
堀田あけみ