2024.01.10
大学に入って一人暮らしを始めた娘は、推し活のため、アルバイトに熱心です。
入学した当初は、サークル回りをしていました。大学生活の大切な要素です。高校では、部活選びに失敗して、放送部から美術部へ、結局辞めてしまったので、大学では、と意気込みました。サブカル系のサークルの多さで有名な大学でもあるので、どこかは行けると思ったんですが、駄目でした。
男の先輩のノリが、どうしても受け入れられなかったそうです。
それは‥わかる。
関西の大学生のノリ、わかる。
体育会だったから、対外試合多かったんです。旧帝大系が集まることもあるので‥うん、それぞれ全国から学生を集めている学校ではありますが、やはり京大・阪大勢は違ったな。私は苦手じゃなかったけど。
私の場合は、特技・弓道というのがあったので、迷わず弓道やればよくて、楽と言えば楽でした。高校の先輩が何人もいたし。それがなかったり、あるからこそ、大学では別のことを、と思うと迷子になりますよね。
最終的に彼女は、大学では勉強とアルバイトに精を出す、と決めたそうです。
彼女の大学は、独自の戦隊を抱えていて、地域のイベントにもよく出ているので、そちらのサークルの入部説明会では、フルコンタクト空手経験者の女子である彼女は即戦力として引き留められたみたいですが。
というわけで、5月の連休が終わった頃から、アルバイトを探し始めました。
まずは、塾の講師。学生アルバイトとしては王道です。但し、塾講師の不祥事が続いた昨今、一筋縄ではいかない。無事に面接と研修はクリアしました。
彼女曰く、「説明会にはたくさん人がいたんだけど、採用されたのは数人だから、結構頑張れてるんだと思う」。
雇用主はそれでいいんです。ハードルは保護者。
講師の個人情報を事細かく訊くよう、指示される子が多いと言います。今は、ネットで調べられますからね。
娘は自分のフルネームを、そこまで親しくない人に教えるのが、とても嫌い。幼少時の写真がヒットしてしまうから。父親がブログに繰り返し彼女の写真を載せていたせいです。
これについては、何度も抗議しました。我が子の写真をネットに載せないのは、セキュリティ面での常識だと思っています。でも、夫は載せ続けました。
「わかってないなあ、僕のファンは、僕の家族のファンでもあるんだよ、あけみちゃん」
高校生になって、クラスのLINEに娘の写真が何枚も投稿されました。所謂、晒し行為です。悪意というより、ちょっとした悪戯心、もしかしたら「こんなに可愛かったんだよ」という意図だったのかもしれません。でも、本人にとっては心底、触れてほしくない事象。
彼女が傷ついている、という事実で、ようやく今までネットに上げた彼女の写真を全て削除してくれました。かなり時間がかかったと思います。
めちゃめちゃ上げてたから。
でも、今も何枚かの写真がヒットする。
どれも、きちんとした内容です。恥ずかしいものではありません。だけど、本人は嫌なんだ。
それプラス、空手の大会での入賞歴が、彼女がネットに残している足跡です。空手の方は、同姓同名で言い抜けることもできます。悪いことじゃないですけどね。むしろ、頼りになりますけどね。
だから、検索かけたとしても、保護者の方にはご安心いただけるとは思いますが、本人はそれじゃ済まない。デジタル・タトゥーの意味が骨身に沁みたというのが彼女の言い分です。
その辺で少々の気まずさはあっても、まあ、悪くないバイトです。
夏休み、せっかく時間があるのでと、京都駅のお土産屋さんで、品出しの仕事をしました。
国際系の学部、外国語の授業でたっぷり絞られた彼女としては、あまり頭を使わないで済む職種、という観点で選んだようですが、販売員じゃないのに、品出しなのに、一日中英会話をする羽目になったと。
推測するに、外国人観光客のみなさんからすると、大学生らしい人物は、英語が通じる可能性が高いと思われるんじゃないですかね、話しかけられやすいのは。八ツ橋や京ばうむの箱抱えて歩いてたら、そら、声もかけられるわ。「この店では、ハンディファンは売っていません」と「柚子味は冬季限定です」は毎日のように言っていたそうです。
当然、日本人からも声をかけられるけど、理不尽に怒鳴られたり、声をかける前に肩に手を置かれるとか、あまり良い経験にはならなかったようです。
それから、飲食も経験しておこうと、スペイン料理の店に行きました。これが今のところ彼女とは1番相性が良いバイトです。何より、賄いが美味い。いつも写真送ってくれるけど、自分で作った煮魚やコロッケを食べた後で見ると、羨ましいしか言葉がない。しかし、「相性が良い」なんて、運を天に任せた言い方は、彼女のお気には召さないんだろうな。
「自分から外食チェーンでバイトして、ブラックだって愚痴るのは違うと思う。ある程度ブラックなのは、最初からわかってんじゃん」
という彼女流のバイト探しとは。
「え、普通にタウンワークをスーパーから持ってくるだけ。今回は飲食でしょ、うちから行きやすいとこで、食べログの客単価と星の数見る。客単価が高かったらそれなりの客層だろうし、星の数多かったら賄いが美味しいかもしれない。美味しいお店だけど賄いは別にってのはあっても、美味しくない店で賄いだけ美味しいってのはない」
一体、誰に育てられたんだ。私はこんなにしっかりしてないぞ。いわんや父親においてをや。
「なんでも自分で考えるようにってのは、お母さんの影響じゃない?」
まあ、父親ではないわな。多動だから、考える前に動くし、後悔はするけど反省じゃないから次に生かされない。
「一緒に美術館とか博物館行くと、お母さん、見ながらいろいろ話すじゃん。そうすると、いろんなものやことが繋がってんのわかるじゃん。世界史勉強するようになると、自分の知識もついてきて、あ、これ知ってると、この絵の解釈変わる、とか。知ってることと、考えることが自分を助けるってのはお母さんから」
うーん。私の教育というより、君の観察学習の能力が抜きん出てたというべきではないかな。まあ、彼女の父親はあまりの常識を知らなさに、「そういうの、学校で習ったでしょ。中学の理科の知識ですよ」というと、「学校で習ったことなんて、テスト終わったら忘れるもんでしょ」と返す人だったからな。
関係者ほぼ全員が鬼籍に入ってるから本音を言いますと、家庭における教育力がなさ過ぎたんだと思う。義母が明らかなアスペで、3人兄妹全員に傾向がある。けど、揃って学業成績が優秀だったので、自分は人としても優秀だと思い込んでたんだと。
義母は大正生まれの女性としては結婚が遅く、30歳を過ぎてからでした。その理由を「女学校卒という高学歴が男性の劣等感を刺激したため」としていましたが、普通に伴侶とするには躊躇われると判断されたんだと思います。
箸の使い方から、冠婚葬祭の礼儀、季節の行事、彼は何も知りませんでした。知らない理由を、「東京の人は誰もそんなこと言わない」からだと言っていました。義妹は、それらを知らない自分達は、リベラリストだと、むしろ誇っていて、義母はその主張を目を細めて聞いていました。
でも結婚するとき、私を選んだ理由として、彼が私の両親に言ったのは、
「丁寧に育てられて、きちんとした礼儀を身につけた人だから、子どもにもそうしてくれるだろうと」
なので、まるきり無自覚なのではなかったと思います。
そして、今の娘の盤石ぶりを彼が見たなら、やはり「流石は、あけみちゃんの娘だ」って言うと思うんです。
彼女が言うようにです。
「お母さんは口で教えることも多かったけど、背中で教える人だからね」
でも、それはね、背中から読み取ることができるからこそなんだよ。
兄ちゃん達に、背中から学習されたことないわ、多分。
そんな彼女は来年の後期、ヨーロッパに留学します。大学の中でも人気のプログラムで、高い倍率を潜り抜けて選抜されました。
「一体、何がどうして合格できたんだか」
と自身が訝しんでいましたが、確かに、英語に関する資格や通常成績、面接はいきなりオンラインになってパニックになったと言っていたし、どれも「ちょっと良くない」。でも、むちゃくちゃ悪いものもないのが彼女。
発達障害の特徴の一つが、できることとできないことの落差です。兄を反面教師的な存在として成長してきた彼女は、満遍なくなんでもできるようにしたいという気持ちが人より強いのかもしれません。
長男はイギリス留学時のいじめで鬱になりました。10年選手です。だから、妹のことをとても心配しています。
そうですね、私も、この年になっても、子ども達のことはいつも心配です。何かあるのかわからない世の中ですもの。いってきますと出て行った家族が、ただいまと帰ってくることは、当たり前ではないのです。
でもね、どこかで安心している。
彼女は、やる。
世界中どこにいても、自分の居場所は自分で作れる。私がそうだったように。
砂漠の真ん中でも、大都会の雑踏でも。
私が私である限り、やることは一緒なんですよ。