2020.01.10
次男は、生まれついての自閉症ですが、長男は健康な少年から一転して、ある日、家から出られなくなりました。鬱病の診断を受けて6年目です。外には出られる、二浪したけど、大学にも入りました。一年生のときは、無事に37単位を取得しましたが、2年目の前期はなかなか学校に行けず、4単位。後期は休学という選択をしました。
前回の試写会の際に、ツジイ先生から提案していただいたのが、社会復帰の一環としてのアルバイト。週に一度、ツジイ先生のところで、データの整理のお手伝いをします。毎週水曜日。
彼は、大学に行くだけで疲れ果ててしまい、アルバイトはしていません。私の実家が花屋なので、忙しい時期には住み込みのお手伝いに行って、時給をもらっていました。実家でも、朝、起きられない日もあります。花屋になる前は保育士をしていた私の姉は、わかってくれるのですが、母はなかなかにシビアで、これも厄介。
そんな彼にツジイ先生が与えてくれたのは、「他人の釜の飯を食べる」経験でした。でも、初回から彼は躓きます。
ここのところ、調子が良かったので、私も油断していました。大学への行き方を、事前に確認しておこうとして、忘れてしまったんですね。また、水曜日は講義ががっつり入っていて、彼からの連絡にすぐには答えられません。
「名鉄・浄水駅だから、名古屋駅から乗るんだよね」
「あれ? そんな駅ない?」
「ごめん、今、知立駅で動けなくなってる。どうしていいかわからない」
1限目の講義が終わって、私が目にしたのは、幾重にもなった吹き出しでした。浄水駅に行かない電車に、どうして乗っちゃったんだろう。多分、彼にも説明できません。昔から、そういう子でした。
そして、若い私は、そんな彼をいつも追い詰めていました。知りたいから。どうしてそんなことしたのか。私の常識じゃわからないから。
でも、この仕事をしているうちにわかってきたんです。説明できない動機でだって、人は動くんだ。だから、自力で無事に帰宅してくれただけで丸儲け、としました。
この時、彼はある計画を持っていました。渥美半島にある田原市博物館で、アニメの背景画の展示があるので、それを観に行こうとしていたのです。背景画というと地味な印象があると思いますが、彼の大好きなアーティストです。名古屋市内から田原までは、結構な距離があります。良いリハビリになると私も見守るつもりでいたのですが、名鉄電車にトラウマを食らった状態の電車一人旅は、どう考えても良い予想が立ちません。それに、展示の期間もそろそろ終わりに近いのです。彼が、自分から何かをしたいということはそれほどないので、ここは実現したいところです。
で、私が一緒に行くことに決めました。まず、第一希望の日程に向けて、心の準備。朝起きて、駄目だと思ったら、次の日程に向けての準備。
第一希望の日、幸い、良いお天気で、長男の体調もそこそこです。目的地までは、名鉄かJRで豊橋へ、そこから渥美鉄道で田原へ。駅から、かなり歩いて博物館へという道のり。ふむふむ。豊橋駅で、豊橋カレーうどんか、壺屋のうどんとお稲荷さんで、お昼にしましょう。こういうとき、ランチは大事。
路線を調べて、ほどよい時間に名古屋を出る名鉄電車に乗ることにしました。ここが運命の分かれ道。人生には、こういうことが、ままあるものです。
名古屋市内に住んでいると、だいたいのことは地下鉄に乗ればできるし、それほど時間もかかりません。そんな長男にとっては、結構長い時間、電車に揺られてそろそろ目的地。
「次は、豊川稲荷。豊川稲荷」
車内アナウンスがトリガーでした。
豊川稲荷、この前の試写会で紹介された、自閉症シェフのカフェがあるとこだ。時間を確認すると、ちょっと早いお昼ならいけそうです。
「ここで途中下車しない? お稲荷さんに参ってから、お昼にカレー食べよう」
おりしも、空は秋晴れ。神社仏閣もカレーも好きな長男に、異存の有ろう筈がありません。
豊橋駅では名鉄とJRは繋がっていますが、ここでも駅舎はほぼお隣。でも、駅名がJRだと豊川で、稲荷がつかないのです。そのアナウンスでは、記憶を呼び起こすトリガーにはなり得なかったかもしれません。
飛び降りた駅の前には、お狐さんの躍動的なオブジェがありました。豊川稲荷の境内には、幟がはためいて、真っ青な空が広がって、とても良い気待ちです。そして、参道にお目当てのカフェを見つけました。
長女はカレーが嫌いです。うどんなら、どうにかなります。パンは積極的に好きです。カレーライスが嫌い。だから、我が家の食卓にカレーライスが上るのは、彼女の不在時で、年に一回あるかないかです。ちょっと甘口の、渥美で取れるお肉と野菜がごろごろ入ったカレーは、嬉しい味でした。
いろんなことが、パズルのピースのように嵌まって、豊川稲荷で美味しいカレーをいただくことができました。これが、嵌まっていなかったら? 最初から、その経験はなかったことになりますから、痛くも痒くもない。
運は自然に、私達の前に転がってきます。上手に捕まえましょう。ちゃんとそれを味わって、自分の力にできると、随分生きやすくなるものです。
偶然が重なった結果の美味しいカレーに力をもらって、午後の日程も上手くいきました。豊橋駅で、ブラックサンダーあんまきをお土産に買って帰ります。
お近くの方、お稲荷さんにお参りされる方、「af珈琲」でランチをどうぞ。
頑張る先輩の努力、味わってください。
お稲荷さんも、食べたくなるけどね。