2018.11.10
嵐のごとく

堀田あけみ

オハラ家はマンションの一階にあります。いろいろあって中古の分譲です。二階部分は賃貸。出入りが激しく、だいたい小さいお子さんのいらっしゃる家庭です。別名を「魔の部屋」。ずっと、お母さんの怒鳴り声が聞こえてきたから。いやあ、お気持ちはお察し致します。私も、マナトやカイトにどんだけ声を枯らしたか。コトコには不要ですがね。しかし、そのような点を考慮しても、大概でないかい、という勢いが続きました。
朝から、怒鳴る声が大き過ぎて、不機嫌な声に過敏なカイトが食欲不振に陥ったこともありました。
それが、昨年からお住いのお家が、若いご夫婦が小さい男の子を二人育てておられるのに、全然怒った声が聞こえない。いつもお母さんと楽しそう。日曜日は、お父さんと一杯遊んで楽しそう。楽しそう過ぎて、受験生であるコトコが、「うるさい」とぶーたれております。小さい子の楽しそうな声は、こちらの心も潤してくれるので、ありがたいご近所さんです。
しかし、別方向から、毎朝大きな声が聞こえるようになりました。小学校中学年くらいの男の子のお家です。お庭に洗濯物を干していると、周囲のお家から、様々な声が聞こえるものです。うちのも聞こえてんだろうなあ。いつも、お母さんと子どもが大きな声で言い合いをしています。内容までは聞こえませんが。聞かないようにもしていますし。あれは、お母さん、しんどいなあ。子どももだけど。
 私は、男子の母にしては、コミュニケーションが活発な方だと思います。多分、オタク同士で趣味を共有できるからでしょう。関係は良好です。
でも、マナトが小学2年生から4年生にかけては、大変でした。現在のマナトは言います。
「あの頃、俺はクソだった」
 うん。
宿題はしない。何をするのも、クラスで一番遅い。下手。手抜き。怠けるためには手段を選ばない。嘘はつく。約束は破る。夏休みに、(親が)手間暇かけた自由研究を出さないで握り潰す。
 授業参観のとき、教室に飾ってある作品、どれもマナトのものはありません。何故か、と先生に訊きました。
「出さないからですよ」
当たり前のことを訊くな、と言わんばかりでした。
何度も催促するとか、保護者の方にお知らせいただくとか、していただけたらと思うのですが。
「どうせ、無駄ですよ。何をしても駄目でしょうから。私の指示が聞きたくないなら結構。こっちは困りませんから」
 でも、私も大概でした。怒鳴りつけるのは日常茶飯事、それもボキャブラリーが豊富。遅れていた宿題を、今からすると言えば、目の前で破り捨てました。
「ごめん、次に裏切られたら辛すぎるから、先にその芽、潰しといた」
仲良しの友達が引っ越すとき、送別会をすっぽかした日は、家から締め出しました。
「あなた、誰? 早く、お家に帰りなさい。お母さんが心配してますよ」
嘘つきの怠け者だけど、とことんピュアなマナトが、決して本当に出て行ったりしないことを見越した発言だから、本当に始末が悪い。
このまま大人になったら大変なことになる、というのは正論です。でも、私も嘘つきです。
自分の子どもが、思い通りに動いてくれないのが嫌だった。
他の子が出来ていることが、うちの子だけ出来ないことが嫌だった。
そうやって自分が傷ついたのと同じだけ、相手を傷つけたいと思った。
それが本音。そして。
いい子だったマナトが突然、手のつけられないモンスターになった事実を、どうにも受け入れることが出来なかったのだと思います。
 しかし、荒れ狂った日々は、徐々に沈静化し、いつの間にか、静かになりました。その時は、とてもとても長かった。けれど、過ぎてしまえば2、3年のことだったのです。
小さい子を3人抱えていた私は、平然と日々のミッションをクリアしているようでいて、どこかに大きな心の病を抱えていたのだと思っていました。

ただ、別の考え方もできると、気づかされる出来事もあって。
コトコは、ちょっと離れた末っ子ですから、私たち夫婦は、彼女のお友達のご両親より、年上です。ひとまわり以上、離れていることもあります。親の年齢を教えあったとき、一人だけ50代であることに、場の雰囲気がちょっと、となったとき。
「だから、コトちゃんのママ、人間ができてるんだね」
とフォローされたそうで。
そうか。
私を取り巻いていた環境のせい、ばかりではない。
私自身が成長したのだと。
コトコに嵐はきていない。そう思っていたけれど、私が嵐をやり過ごす、方略を身につけていたのかもしれません。いろんな意味で、時の流れが最強なのかもしれない。
その後、ある子が、
「じゃ、うちのお母さん、駄目だ。22歳だから」
因みに、話している子ども達は小学6年生。
「なんか違くね」
「お母さんが言ってたよ」
「お前、騙されとるぞ」
きっとそうです。計算上もそうだし。
ジュンスカの追っかけしてたそうなんで。
ほら、そこの本当に若いお母さん、ジュンスカ、知らないでしょ。



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