2018.08.10
             さよなら、夏休み

                          堀田あけみ

 暑い、という単語はこんなにも無力なのかと感じました。
 それでは表現しきれない温度だなと思って。
 待ちに待ったという言葉が、これほど相応しい夏休みありません。勉強しなくてもいいとか、夏休みならではの特別な行事があるとかではなく、太陽に照らされながら、通学路を歩くことから解放されるという意味で。
 しかし。
 カイトには、もう夏休みはないのです。盆休みのない職場なので、休みたい日を申請するように言われました。カイトは時給で働いています。有給休暇もあるのですが、勤続6ヶ月以降でないと使えなくて、今回は無給のお休みですと、上司さんからすまなそうなお話がありました。いえいえ、カイトが毎日、生き生きと「いってきます」を言ってくれるだけで、嬉しいです。ときには、仕事帰りにみんなでカラオケに行ったりします。有難い環境です。
 大学には長い休みがあります。それはそれで教員にとっては、研究やら学会やら、溜まりに溜まった雑用やら、人に言えない仕事やら、忙しい日々ですが、授業をしなくていいと、スケジュールに融通が効きます。学生のマナトは、高一のときから夏季補習があったので、受験勉強しなくていい夏休みは5年ぶりです。逆に琴子が生まれて初めての受験生生活に入っています。それでも、一時間めに間に合うように家を出る必要はありません。
 去年まで、同じように夏休みを過ごしていたカイトだけが、朝から出勤していきます。私も毎朝、お弁当を作ります。カイトの仕事はビルのお掃除。社員食堂の掃除もしているので、そこでお昼ご飯を食べることも覚えさせようかと思っているところです。おかあさんが体調崩してご飯を作れないと、お昼が食べられないようでは困りますから。ただ、お弁当箱に並ぶ食べ物は私にとっては幸福の象徴みたいなもので。お弁当箱を持って、外に出ていける幸福。美味しいよと言ってくれる幸福。元気にお弁当を作ることができる幸福。ついつい明日も作ってしまいます。
 働くとはこういうことです。学生の間は確保されていた、長い休みはありません。でも、経済的に精神的に自由でいられます。お盆に休みないの、大変ね、と言われることもありますが、土日祝日が、きちんと休めるなんて恵まれています。みんなが休むときこそ大忙しの職種は沢山ありますもの。私も実家の方で姉夫婦が花屋を営んでいますが、定休日は木曜だけだし、それも予約のお仕事に当てることが多くて、ずっと大忙しです。原稿書くことにも、休みはありませんしね。
 ゼミの4年生の子達が、ゼミ旅行の計画を立てていました。彼女達も知っています。これが本当に最後の長い夏休みです。バーベキューしたい派と、虫嫌い派に分かれています。彼女達は未来に前向きです。既に、プロの漫画家として活躍している子もいますが、就職活動はしています。その心意気、好きだぞ。
 逆に非常勤先ゼミの男子が、学生やめたくないとぐだぐだしています。あ、そもそも社会に出るのがいやだから、小説書いて現実から逃げるのか。
 大人になるのは自由になることです。若い頃の私より、いろいろガタがきてるけど、今の私は幸せだなあ。自分を認めてあげられるから。ちゃんと生きてきた帳尻は合わせられそうかなって。
 大好きな君達も、数十年後に、そう言っててほしいと思います。
 そろそろ、キャンプかホテルか、結論出たかな?




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