2018.04.10
             新しい場所へ
                          堀田あけみ

 新しい年度が始まりました。年によって、昨年度からの緩やかな移行であったり、全く新しい日々の始まりであったり。家族がいれば、それぞれの組み合わせがあったり、何かが終わってしまったり。
 我が家では、一人が大学生になり、一人が社会人になり、一人が前年度と同じ環境にはあるものの、受験生という人生で初めての立場を知ることになる年です。
 そして、この春には、10年間続けてきた習慣を終えることにもなりました。我が家にとって、3月下旬の極真空手愛知県大会は、大イベントでした。幼稚園や学校の行事では、6歳違いのマナトとコトコは絶対に被ることはありませんが、これには二人揃って出場し、おとうさんは写真を撮り、おかあさんは朝から家族全員のお弁当を作って、一日中、愛知県武道館にいました。カイトも、もちろん、ついてきます。おそらく選手が集中するときに使うスペースなんでしょうね、ちょうど良い隅っこがあって、そこで絵を描いたり、本を見たりして1日過ごしました。どちらかが、もしくは二人とも、トロフィーをもらって、帰りは居酒屋で祝杯をあげるのが恒例でした。春休みに入ってからの開催だったりすると、県大会が終わらないと春休みは始まらないと思ったものでした。
 5年前、マナトが病気で出場できなくなってから、それまでは常勝だったコトコもなかなか勝てなくなり、常に撮影についてきたおとうさんも、取材で不在ということが多くなりました。マナトが、スタッフとして働いているときは、カイトも連れてきますが、そうでないとわざわざ連れてきません。コトコと二人きりで武道館にいくことになります。それでも、毎年の大切な行事でありつづけてきたのです。
 今年も、そのつもりでいたら、コトコの出場する中学生女子のカテゴリーの閉鎖が決まりました。トーナメントを組めるだけの選手がいないとのことです。小学生までは、そういった試合では男子の部に出場して、それなりの勝ち星を稼いできました。でも、ここまで大きくなると、流石に男子の試合には出せません。スタッフとしての参加になりました。そんな年に限って、おとうさんは日本にいて、撮影に協力します。
 そして、大会前日、
「え、あけみちゃん、来ないの!?」
「行きませんよ。普通、自分の子がでない試合見ないでしょう」
「コトコが頑張ってる姿、見たくないの?」
「はあ、頑張って、受付したり、計時したり、椅子並べたりする姿を見るために、貴重な休日を1日潰すと。このクソ忙しい私が。 出場しないのが決まった瞬間に、朝から晩まで予定入れました」
「そんな、きいてないよ!」
 驚かれたことに驚いたわ。
 いつかくる日で、当たり前なのに、いざとなると、寂しいというより、違和感を覚えます。どのように振舞っていいのかわからないような。
 節目節目に、そんな気持ちを味わいました。
 子どもが幼稚園に通い出して、昼間なのに家の中が妙に静かなとき。我が家は、コトコのときまで、夫婦のどちらか、私の両親と、子どもの世話をする人材があって、保育園には通わせなかったので。マナトが生まれてから、ずっと子どもが起きている間は、気が休まらないものと思っていました。こんな風に、解放されたい(まだ、カイトはいるというものの)と思っていたはずなのに、なんだろう、この寂寥感は。帰って来たら来たで、「だーっ、うるさい」ってなるんですけど。
 そして、幼稚園の送迎が必要なくなったとき。9年続いたものが、すっと楽になって、1限めに楽に出勤できるようになって、朝ドラも見られるようになって、でも、慌ただしくばたばたしていない自分が自分でないように感じました。
 ランドセルがいらなくなって、子どもが家族との時間をめんどくさがるようになって、制服がいらなくなって、家族の形はどんどん変わっていきます。
 今までとは違う環境は、「おめでとう」という言葉で送り出されるほどには、優しいものじゃなくて、まだ未完成な子ども達には、大きなプレッシャーだったり、ハードルだったりします。いきなり、お母さんと引き離されたり、重いカバンを一人で背負ったり。着慣れない制服、自分の机という居場所のない学校。出勤簿にハンコを押して、一日中働くこと。
 全部半端なことじゃないってわかってるからこそ、言うんです。
 がんばれ。
 次の一歩のために、がんばってくれ。
 ちゃんと大人になるために。
 大人も子どもも、がんばって、それから、休むことを覚えるんです。辛いときには辛いと言って、ちゃんと自分や他人を休ませる勇気が人生には必要です。がんばるだけじゃない。
 新しい場所の新しい日々が、どうか幸せなものでありますように。
 
 




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