2018.02.10
           ぼくをみてよ
                           堀田あけみ

 前回、お風呂の話を書いたとき、随分と拗らせたお兄ちゃんが出てきましたね。今回の話題はそこからです。
 あれからしばらくして、私達はそのおうちをキャンプに誘わなくなりました。行きたいと言われてから断ることができないので、そのお母さんのいるところで、キャンプの話をしないように気をつけていました。
 彼のすることが、エスカレートして行って、次の行動の予想がつかなくなったからです。怖くなりました。
 最初は、おもちゃをとるとか、食べ物を独り占めする程度でした。それが、通りすがりに人を突き飛ばしたり、料理に泥を投げ込むようになり、行き着いたところは、他人には誰彼構わず火のついた薪を投げつける、自分の椅子に座った小さい子を椅子ごとひっくり返す、さらには階段から突き落とす、寝転んでいる子のおなかに飛び降りる、という行動でした。
 みんなで楽しく過ごすために、準備して遠くまで行くんです。親だって、家事や育児を分担して、家にいるより、のんびりできるように企画を立てます。
 結局、彼がいるから、気が休まらない、子どもからますます目が離せないという状況になってしまうと、そもそもいく意味がありませんよね。

 ここで、疑問が出ると思います。親はどうしてるの?
 そして、大体の答えも見当がつくでしょう。みないふりしてるんだよね。
 お兄ちゃんも拗らせてたけど、お母さんも拗らせていました。
 お母さんはお兄ちゃんのことが大好きでした。いつも、とっても褒めていました。本人を、ではなく、ママ友との会話の中で、「こんなこと言ってくれた」「いつもお手伝いしてくれて」「もうひらがな全部書ける」。その横で、本人は、お砂場に友達を突き倒して首を絞めています。急いで止めに行く途中で、 周りにいた子達がみんなで彼を引き剥がしました。
 そのときです。お母さんが素早く動いたのは。
「ひどい、なんで、よってたかってうちの子をいじめるの!?」
 なんで、って答えは簡単。
 あなたのお子さんが、よその子の首を絞めたからですよ。
 なんて、とても言えない。
 言ったら壊れてしまいそうだ、というのはみんな感じていたんです。
 彼女の息子は、優しくて賢くて、みんなから好かれているのです。そうでなければいけない。
 だから、よその子に幼児とは思えない仕打ちを続ける子は、「私の息子ではない」のです。
 彼も上手に、理想の息子を演じます。
「ママー、みんながひっぱったよー、いたいよ、こわいよ」
 お母さんに抱きついて、しくしく泣いて、
「かわいそうに、怖かったね。よしよし、ママは、ちゃんとわかってるよ」
 抱きしめてくれるお母さんの腕越しに、こちらに向かってにやりと笑ってみせるあたり、エンターテインメントの域に達しています。
 何を見せられとるんだ、私達は。
 ちゃんと注意してよ、親でしょう。そんな当然のことも口にできない状況は、お引越しによって終わりました。
 今年、成人式を迎えたはずです。

 このお母さんは、どうしたらよかったのでしょう。厳しく叱れば良かったのかというと、それも違うと思うんですね。
 公園とか、園の送り迎えとか、家の外での行動は、親子ともに社会性を必要とされます。厳しく叱りつけることで、ちゃんとしてるアピールができるかというと、そうとは限らなくて。厳しい声は不快なものです。
 出来るだけ普通のトーンで、繰り返し注意していたら、どうでしょう。周囲の目は確実に違ってきたでしょう。確信は持てませんが、お兄ちゃんだって、行動をエスカレートさせることにはならなかったかもしれません。
 このお母さんは、赤ちゃんを連れていました。お兄ちゃんが問題を起こしているときには、いつも満面の笑顔で赤ちゃんをあやしていました。お兄ちゃんの方を見ようとはしませんでした。でも、情報は完全にシャットアウトされていたわけではありません。ちゃんと耳で聞いていたと思います。
 でなければ、よその子がちょっと何かしたときに、大声でみんなの注意をひいたりしません。
「すみませーん、どちらのお子様か知りませんけど、お砂場に水入れてますよお、いいんですかあ」
 悪いことしてるのは、うちの子だけじゃないよ、ということですね。
 でも二つの意味で逆効果です。
 周囲のお母さんたちからすると、自分の子は放置で他の子は注意するなんて、とんでもない人、となります。
 そして、お兄ちゃんからは。
 僕を見ていないのに、よその子は見てるんだ、となりますから。

 クレームをつけられることより、頭をさげることより、自分の子が見たくないような行動をしていることを見るのが辛いのはわかります。私は見ないふりなんてできないので、何度もそれでマナトを怒鳴りつけました。繰り返し、反省するように言ってから庭に出して、家に入れなかったりもしました。タイムマシンがあったら、泣いてるあの子の隣に行って抱きしめたいと思います。
 当時の私の自分に対する言い訳は、カイト障害児だし、コトコ乳児だし、健常の長男には手をかけてらんないんだよ、でした。もちろんマナトだけじゃありません。カイトのことでは何度も、コトコに関しては不可抗力のトラブルでたった一度、やはり頭を下げてきました。
 だって、そうすることでしか、示せないことがあるんです。
 私があなたを見てるって。
 どんなあなたからも、目を背けたりしないって。
 だから、一緒に生きていこう。素敵な大人になれるように。



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